現実と地続きにある社会問題を取り扱った作品は、時として下手なホラー映画よりも生々しい恐怖を突き付けてきます。そのときの世界を鏡映しにする映画には観客を掴んで離さない特別な魅力が宿るものです。
ある時は鮮やかに社会問題を描き出しまたある時はウィットに富んだ演出で世間の醜さを暴く風刺映画は、私たちをフィクションの世界からノンフィクションの現実へと引きずり降ろしてゆきます。
ユーモア×批判のコントラストで軽やかに語り掛けてくる社会風刺映画の魅力をぜひ探求していきましょう！
皮肉の効いた社会風刺映画10選
「トゥルーマン・ショー」
離島で働くトゥルーマンは一見何の変哲もない普通の会社員。しかし彼の一挙手一投足24時間365日のすべては、本人の生まれたときから今に至るまで「リアリティーショー」として放送されていた…
苛烈なメディア社会を痛烈に風刺した本作。主人公であるトゥルーマンは主人公でありながら自身が主人公であることを知りません。そして彼の人生もショーとはいえ特別な盛り上がりもなくただただ平凡な日々が続いていきます。
しかしトゥルーマンを取り巻く生活のすべては偽物。
ある日小さなミスの重なりでトゥルーマンが嘘で塗り固められた自身の人生を知った時、物語は思いがけない展開を迎えていきます
本当の人生とはなにか。メディア批判を演じながらも虚構の人生が真の人生の在り方を鮮やかに指し示してくれる名作です。
「おはよう！そして会えないときのために、こんにちは、こんばんは、良い夢を！」
| 公開年 | 1998年 |
|---|---|
| 監督 | ピーター・ウィアー（『いまを生きる』など） |
| 出演 | ジム・キャリー他 |
| DVD | トゥルーマン・ショー [Blu-ray] |
| 動画配信 | U-NEXT Amazonプライム・ビデオ |
「第9地区」
舞台は1982年の南アフリカ共和国。突如飛来した宇宙船に人類は接触を試みるが応答がない。ついに宇宙船に踏み込むと、中にいたのは支配層が消え難民化し困惑する大量のエイリアンだった。難民認定されたエイリアンたちは一旦地上の「第9地区」に移住するものの、文化も見た目も異なる人間から差別や反発を受け始め…
かつて史実として起きていたアパルトヘイト政策に基づいて製作された本作は、白人vs.非白人の人種差別を地球人vs.エイリアンに置き換えたストーリー設定が特徴です。
通常強者や侵略者として描かれがちなエイリアンが人間に差別される異形の生物として扱われる設定は、かつて人間が実際に犯していた行為の残虐さを想起させます。
主人公もエイリアンに好感を持たない人間として登場するものの、ある出来事を境に状況は一変。立ち位置が曖昧になっていくことで主人公の身には差別/被差別の恐ろしさが加速度的に降りかかっていきます。
HAPPYともBADとも受け取れない、物悲しさの残る着地も必見です。
| 公開年 | 2009年 |
|---|---|
| 監督 | ニール・ブロムカンプ（『 チャッピー』など） |
| 出演 | シャールト・コプリー他 |
| DVD | |
| 配信 | Amazonプライム・ビデオ |
「ゲット・アウト」
GET OUT！（出ていけ！）
アフリカ系アメリカ人の主人公クリスは美しい白人の彼女ローズの実家へ挨拶にやってきた。[黒人であること]を家族に伝えていないローズに若干の不安を抱いたもののローズの家族は過剰なまでにクリスを温かく迎え入れてくれる。しかし屋敷には黒人の使用人がいて、クリスの周りでは違和感では片づけられない奇妙な現象が次々と起こり始め…
レイシズム（人種主義）を皮肉的に逆転させた本作は、白人が持つ黒人への視点が鍵となるスリラームービーです。作中には黒人と白人の対比がこれでもかという程散りばめられており、得体の知れない違和感が主人公を取り囲んでいきます。これは差別なのか賛美なのか。疑心暗鬼に陥っていく心理描写も見事な名作です。
ロードキルされる牡鹿
警察官を叱るローズ
笑顔で流れる涙
不可解な行動をとる使用人
すべての謎が解けたとき目の前に広がる闇の深さは現代に通じる恐ろしさです。映画の結末を見届けたあとは是非本来迎えるはずだった変更前のエンディングについても調べてみてくださいね。
| 公開年 | 2017年 |
|---|---|
| 監督 | ジョーダン・ピール（『NOPE/ノープ』など） |
| 出演 | ダニエル・カルーヤ、アリソン・ウィリアムズ他 |
| DVD | ゲット・アウト [Blu-ray] |
| 配信 |
「バードマン あるいは（無知がもたらす予期せぬ奇跡）」
ー 人気なんてもんは、名声の尻軽ないとこだよ。
かつて「バードマン」として名声を博した主人公リーガンはいまや落ち目のしがないハリウッド俳優。バードマン以降は作品に恵まれず既に20年以上が経過していた。私生活も仕事も散々な中、リーガンは再起を狙って舞台の世界に足を踏み入れようとするが…
「バードマン」主演の元スター俳優リーガンを演じるは「バッドマン」主演のハリウッド俳優マイケル・キートン。
キャスティングからノンフィクションのような異様な雰囲気が漂う本作はワンカット風の長回しで展開していきます。没入感の凄まじい世界観でありながらそこには妄想上のバードマンがおりリーガンの現実と妄想の垣根はありません。
- 映画と演劇の確執
- リスクを伴わない批評家
- 世界的人気を得る恐ろしさ
栄光も名声も消えかかる中で一旗揚げようともがく彼の姿には、他人事とは思えない執念が宿ります。心の中に居座り続けるバードマンは果たして彼の味方なのか敵なのか。
Show must go on. いつだって人生は一度きり。
過去の栄光にすがるという誰しもが一度は身に覚えのある経験を、鋭くも真摯に描いた名作です。
| 公開年 | 2014年 |
|---|---|
| 監督 | アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ（『バベル』など） |
| 出演 | マイケル・キートン、エマ・ストーン他 |
| DVD | バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡) [Blu-ray] |
| 配信 | Amazonプライム・ビデオ |
「新聞記者」
ジャーナリストの父を持つ吉岡は東都新聞社会部にて若手記者として働きながらも、その遠慮のなさから異端児扱いされていた。そんなある日社会部に匿名のファックスが届く。内容を元に大学新設計画について調査することとなった吉岡だが、該当する人物に辿り着くと突然自殺してしまい…
政権にとって不都合な真実を一介のジャーナリストが追い求める虚構とはとても思えない内容のサスペンスムービー。女性ジャーナリストに対するレイプ事件やゴシップ重視の大衆による個人攻撃、忖度ありきのマスメディアなどあらゆる社会問題が詰め込まれています。
マスコミの権威性と民衆の主体性によって一つの真実が闇に葬り去られていく恐ろしさは、将来の日本を暗示しているのかもしれません。国家に対するメディアだけでなく組織のなかの個人として対立する不安定さは日本特有の事なかれ主義を揶揄しているようにも感じられます。
いまの日本を切り取った風刺映画の一つとしてぜひ見ておきたい名作です。
| 公開年 | 2019年 |
|---|---|
| 監督 | 藤井道人（『ヤクザと家族 The Family』など） |
| 出演 | シム・ウンギョン、松坂桃李他 |
| DVD | 新聞記者 [Blu-ray] |
| 見放題 | Amazonプライム・ビデオ |
「コンテイジョン」
ある日、香港での用事を済ませたあとミネアポリス郊外の自宅に帰った女性が突如痙攣を起こしそのまま急死してしまう。さらに女性の周りでは似たような変死が相次ぎ政府は生物兵器の一種ではないかと調査を開始する。しかしその正体は驚異的な感染力を持つ新種のウイルスだった…
発生源の押し付け合い
休校による混乱
物資不足による強奪
不正確なワクチン情報の拡散
覚えのある情景が次々と映し出される本作が発表されたのは2011年。コロナウイルスなど全く存在しなかった時代に作られたのだというから驚きです。
2019年コロナウイルスの世界的な蔓延を機に再注目された今作は、まるで今の世の中を見てきたのかというほど現実に酷似した結末を辿っていきます。最後の最後に明かされる一連のシーンは生々しくも現実的で、調査と知識の凄まじさを物語っているといえるでしょう。
withコロナが浸透してきた今こそ改めて知っておきたい名作です。
| 公開年 | 2011年 |
|---|---|
| 監督 | スティーヴン・ソダーバーグ（『オーシャンズ11』など） |
| 出演 | マット・デイモン他 |
| DVD | コンテイジョン [Blu-ray] |
| 見放題 | Amazonプライム・ビデオ |
「帰ってきたヒトラー」
世紀の独裁者アドルフ・ヒトラーは1945年自らその人生の幕を閉じる。しかし目を覚ますとそこは2011年のベルリンであった。周囲の人々からヒトラーそっくりのコメディアンと勘違いされた彼はあれよあれよという間に人気のコメディアンとなっていくが…
コメディーの皮を被った強烈な現代風刺
とんでもなく恐ろしい速度で進出していく彼のカリスマ性にブラックな笑いが止まらないものの笑っている間に密かに加速していく地獄は過去も現代も変わりません。
途中差し込まれる政治批判やヒトラーvs一般人の演出はなんと本物。「今この世界にヒトラーが現れたら」をとことん落とし込んだ凄まじい演出と芝居は鳥肌ものです。
ハラハラしつつもなんだかんだ笑いを交えながら進んでいく本作の最大の見どころは中盤からの急旋回にあります。果たしてヒトラーの独裁政治を作り上げたのは誰なのか。
あの時正しい声を封じ込めたのは私たち自身だったのかもしれません
| 公開年 | 2016年 |
|---|---|
| 監督 | デヴィット・ヴェント（『女闘士』など） |
| 出演 | オリヴァー・マスッチ他 |
| DVD | 帰ってきたヒトラー [Blu-ray] |
| 配信 | Amazonプライム・ビデオ U-NEXT |
「プラットフォーム」
ある日ゴレンは"48"階層で目覚めた。部屋の真ん中には大きな穴が開いていて一日に一度だけ上から食べ物が"降りて"くる。同室のトリマガシに幸運だといわれたゴレンは"プラットフォーム"でのルールを知るが、次の目覚めたときそこは"171"階層だった…
設定が斬新かつ不合理の極みである本作は、資本主義を嘲笑うかのようなルールが胆です。
- 食事はプラットフォームがある時間だけ
- 1ヶ月ごとに階層が変わる
- 持ち物は一つだけ持ち込み可能
上にいけばいくほどたらふく物が食べられて下にいけばいくほど空腹に殺される地獄絵図。さらにどの階層に振り分けられるかは完全なランダムとなっています。
生まれながらの環境の非選択制、上下が逆転した際に出現する人間の本質、格差が加速する現実をあらゆる角度から皮肉ったスリラー作品といえるでしょう。
果たして主人公が最後に目にしたものは"プラットフォーム（世界）"を覆す何かだったのでしょうか
| 公開年 | 2019年 |
|---|---|
| 監督 | ガルデル・ガステル＝ウルティア |
| 出演 | アントニア・サン・フアン他 |
| DVD | プラットフォーム (Blu-ray+DVDセット) |
| 配信 | Amazonプライム・ビデオ |
「ドント・ルック・アップ」
引用元：映画.com
ある夜ミシガン州立大学の大学院生ディビアスキーは未知の彗星を発見する。彼女の教授ミンディ博士はその彗星が半年後に地球滅亡を引き起こすことを計算し大統領に訴えるも軽くあしらわれてしまう。人気のトークショーで彗星の話に触れるも事の重大さに気付く人はおらず、それどころか感情的になったディアビスキーはネットのオモチャにされてしまう。しかしそんな中でも彗星は刻一刻と地球に近付いていき…
キャッチコピーは 実話に基づくかもしれない物語
とんでもない豪華キャストが出揃って繰り出すは2021年パンデミック映画の最高傑作。彗星衝突というありふれたテーマながら軽快に展開していく本作は、人間のあらゆる醜態てんこ盛りのブラックコメディです。
彗星衝突よりスキャンダルなマスメディア
激昂した専門家を面白おかしく切り取るネット社会
目的が形骸化したチャリティー活動
生存バイアスに偏る民衆
地球が危機に瀕した時、果たして私たちはこの作品を絵空事と笑っていられるでしょうか
| 公開年 | 2021年 |
|---|---|
| 監督 | アダム・マッケイ（『マネー・ショート 華麗なる大逆転』など） |
| 出演 | レオナルド・ディカプリオ、ジェニファー・ローレンス他 |
| 見放題 | Netflix |
「26世紀青年」
2005年人間の冬眠実験に選ばれた軍人ジョーと売春婦リタは1年間の冬眠をスタートする。しかし責任者の逮捕により極秘実験は忘れ去られ二人が目覚めたのは2505年だった。500年の間人類は進歩したかと思いきや、エリートは産み控え知能の低い者ばかりが子作りに励む、平均IQの急落したバカ一色の世界となっていた…
2006年に製作されたカルト的人気を誇る本作は反知性主義となった世界を面白おかしく描いたコメディー作品です。ゴミは分別されず農作物は育たず人々が興味を持つのは下ネタのみ…、誰も話が通じないという点では他とは一線を画すホラー作品ともいえます。
くだらない演出の数々に思わず吹き出してしまうものの、現実社会には現代女性のIQと出産率が反比例するデータもあり完全なファンタジーとは言い切れません。特に少子高齢化・産み控えが社会問題化する日本では、社会風刺とも言い得てしまう筋書きと世界観です。
500年後の世界で現実の人類は、進歩と飛躍を遂げているのでしょうか
| 公開年 | 2006年 |
|---|---|
| 監督 | マイク・ジャッジ |
| 出演 | ルーク・ウィルソン他 |
| DVD | 26世紀青年 [DVD] |
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映画は社会を映し出す鏡
社会の欠点や問題に光を当てる社会風刺には笑いを通じてパワーアップする特性があります。私たちが何かを見て笑うとき何の偏見も孕んでいないことはほとんどありません。
今回ご紹介した作品の多くもコメディー作品として登場しています。しかし内部には次の要素が散りばめられており、生々しさから思わず目をそらしたくなるものも。
- 政治的腐敗
- 生まれながらの不平等
- 理性を失う群集心理
- 誤った方向に白熱するマスメディア
果たして映画の中の話は所詮映画の中の話なのか。この作品がヒントを得た経緯は何なのか。ゾッとするような真実が透けて見えるところも楽しみつつ、現実世界の問題にもメスを入れていく映画たちをぜひ覗いてみてはいかがでしょうか。
