大胆かつ斬新なマルチバースの世界観で話題となりあらゆる映画賞を総なめしたエブエブ。今年のアカデミー賞で目の当たりにした衝撃的な瞬間にまだ心落ち着かぬ人も多いかもしれません。それでもエブエブが遂げた快挙は間違いなく素晴らしいもの。今改めてその凄まじさと唯一無二の魅力について語り尽くしていこうと思います。
どうして自分は自分としてでしか生きられないのか
そんな底知れない寂しさを泥だらけになりながら抱きしめてくれる本作をぜひともご覧ください。
あらすじ＆基本情報
本当は私の人生、もっと上手くできたかも。
経営難のコインランドリーを抱える主婦エヴリンはある日国税庁に呼び出されてしまう。気弱でやさしい夫ウェイモンドとともに訪れるとウェイモンドは急に別の宇宙のウェイモンドとなって話しかけてきた。ウェイモンド曰く今世界は滅亡の危機にあり救えるのはエヴリンしかいないという。マルチバースを駆け巡るエヴリンvs世界の戦いが始まった…
| 公開年 | 2022年 |
|---|---|
| 監督 | ダニエル・クワン、ダニエル・シャイナート |
| 出演 | ミシェル・ヨー他 |
| 上映時間 | 132分 |
| DVD | エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス [Blu-ray] |
| 配信 | AmazonプライムU-NEXTHulu NETFLIX |
なりたかった自分となれなかった自分
引用元：映画.com
あの時こうしていたら
この時ああ言ってれば
そのときその道を選んでいれば
ひょっとしたら世界の誰もが抱いたことのある自分自身への絶え間ない不満。マルチバースはもしかするとそんな幻想を理想化した世界なのかもしれません。
ウェイモンドとの結婚を選んだエヴリンは序盤から人生に思い悩む、いたって平凡な主婦でした。しかしマルチバースのウェイモンドとの出会いをきっかけにさまざまな選択肢に進んだ自分の姿を見つめていく羽目になります。
バースジャンプで枝分かれした自分の人生を自由に体験していく快感にのめり込んでいくエヴリン。自分の人生の可能性をすべて見せられたら元の人生に戻るのは誰だって難しいかもしれません。
わたしは何者にもなれなかったのか
世界を救えといわれ訳も分からず飛び続けるエヴリンの中に芽生え始める憂鬱。けれどこの感情には作中で一つのアンサーが提示されます。SNS時代で飛べないマルチバースを体験し続けるわたしたちにとってこの明確に示されたアンサーこそ世界中を虜にした本作の見どころかもしれません。
馬鹿なジョークもどこかでは愛
引用元：映画.com
バースジャンプで必要なのは変な行動。リップクリームを食べたり靴を左右反対に履いたり…作中ではバースジャンプのための行動がどんどんエスカレートしていきます。けれど単なるギャグに終わらせはしないのがエブエブの真骨頂。社会規範から外れた非合理的な行動もある世界では真実となることがさらっと明示されるシーンもあるのです（ぼくは２周目でやっと気付きましたが）
どんな場所で生まれたか
どんな環境で育ったか
どんな職業に就いたのか
どんな人を愛したか
こうして積み上げられたいまの自分自身の人生。100点満点を付けられる人はどれくらいいるでしょうか。
じゃあ ”わたし” って何？
引用元：映画.com
あらゆる並行世界の自分を体験して辿り着く究極の質問。いったい自分とは何者か。
エヴリンでいえばその答えはウェイモンドと結婚して反抗期の娘がいて税金は払えず経営難のコインランドリーで働く中年女性です。けれどもそれはあくまで他人から見たエヴリンでしかありません。
無数の選択肢があってそれを選択していくことでその世界のエヴリンはその世界のエヴリンを確立していきます。つまり指がソーセージでも別の人を愛していても肉体が無くてもエヴリンはエヴリン。だから選択して今を選び続ける貴方は紛れもなく貴方であるというのがエブエブが一貫して主張する観客へのメッセージです。
それを裏付ける例のシーンは圧巻の一言。すべての人生を、選択を、とんでもない映像で肯定してくれるエブエブが今この時代に世界を席巻したことも頷けるラストシーンとなっています。
唯一無二のキャスティング
エブエブが突き刺さって抜けない傑作となったのは役が役者を超えてしまったキャスティングにも起因しています。全てのキャストスタッフが合わさって生まれた傑作ですが今回はなかでも大きな役割を果たした2人に着目してみましょう。
多角的に描かれるミシェル・ヨー
引用元：映画.com
アジア人として初のノミネートから主演女優賞を獲得したミシェル・ヨーは長年ハリウッドで活躍してきた大御所女優。しかし劇中では破産目前のコインランドリーを経営する冴えない中年女性として描かれます。中国系アメリカ人のひとつのリアルを体現したエヴリンはアジア人としてハリウッドの第一線で活躍してきたミシェルを主演にすることで主人公としての格を備えながらも彼女が戦ってきたリアルをも漂わせてきます。
さらにマルチバースという世界観によってアクションスターとなるエヴリンも大女優となるエヴリンも同じキャラクターとして存在し得るのが本作の特徴。これまでのキャリア全てを肯定するかのようなエヴリンの活躍っぷりにミシェル自身の魅力を感じずにはいられません。
アジア人初のオスカーを抱きながら世界中の女性へ彼女が贈った言葉はこれからの映画史に残り続けることでしょう。
諦めず選択し続けたキー・ホイ・クァン
引用元：映画.com
ウェイモンドを演じるキー・ホイ・クァンは1985年の名作『グーニーズ』に出演していた人気子役。本作は彼にとって約30年ぶりのハリウッド復帰でした。
子役として一躍人気者になるもアジア人にはまだ差別的な当時、役を得られなかったキーは制作スタッフとして映画に関わり続ける人生を選びます。そこから助監督や現場通訳などをこなし続け俳優業への復帰を決断したのが2010年代後半。本格的なカムバックとなる本作への出演交渉を担当したのはグーニーズで共演した友人のジェフ・コーエンでした。
そんなキーが演じるウェイモンドは混沌の最中で語り掛けます。
Be kind.（やさしくあろうよ）
幼い頃にベトナム戦争から逃れ米国に移住し人種差別の苦境で役者を諦めても映画に携わり続け周囲に愛されたキー・ホイ・クァン。いかなる逆境にもめげず現実世界でバースジャンプに挑戦し続けた彼が掴んだものは38年ぶりのアジア系俳優の助演男優賞でした。
This is A Life
最後にベーグルが象徴的なこちらの一曲を。
誰もが抱く絶え間ない自分自身への不満を見事に蹴散らす本作が現実と理想のギャップに悩む紛れもない貴方自身の人生に届きますように。
